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  • 2016.11.03 Thursday
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発展途上国が貧しいのは、日本の責任?!

 世界には、貧困にあえぐ国が数多く存在する。
 では、なぜ貧しいのか考えたことはあるだろうか? 
 文化が発展してないから?
 教育が行き届いていないから?
 働いていないから?
 そもそも努力が足りないから?

 とんでもない!
 彼らが貧困にあえぐ、大きな原因は我々先進国民にある。
 我々のせいで、彼らが苦しい生活を強いられているといっても、過言ではないのだ。

 「緑の革命」をご存知だろうか? インターネットで検索すれば、いくらでもヒットするので、あえてここで詳しい説明はしないが、大雑把な説明をすると、こうだ。
 
 発展途上国の食糧難・貧困の救済方法として、発展途上国に農業を教えようとした。そうすることで、国は食料を生産し、あまったものは輸出して国が潤うことになると考えたのだ。
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 たしかに、一部潤った所もある。しかし、大部分は、食物よりも、むしろ先進国が必要とするタバコの葉や、コーヒー豆、香辛料など、およそ主食とはならないものばかりを作らされた。
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 発展途上国側としては、食料を作りたかったが、先進国の企業などが「食料よりも、タバコやコーヒーの方が高く売れるんだよね。タバコの葉をつくれば、全部買ってあげていいよ」というので、それまで米や麦などを栽培していた田畑をもつぶし、すべてタバコの葉やコーヒー豆の畑にしてしまった。 
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 しかし、いざ取引が始まると、先進国側は「いや〜、ウチの国もデフレ不況で厳しいのよ。取引値を安くしてよ」と言い出した。取引値を下げたら、とても生活できないけれど、タバコの葉を食べるわけにもいかないので(米や小麦の畑は、前記の通りつぶしてしまっているのだ)、しぶしぶ値下げに応じる。  
              ↓
 畑で働く小作人たちの賃金も当然下がる。貧困におちいる。  
              ↓
 昔は、米や麦を収穫できた田畑からは、いまや腹の膨れないタバコの葉しか収穫できない。食糧難に陥る。

 ※最近流行のフェアトレード商品とは、この不平等をなくしたもの。正規の値段で取引されるので割高だが、発展途上国の救済につながる。

 これが(大雑把な説明をすれば)「緑の革命」だ。
 はじめは、悪意ではなく、本当に貧困や食糧難から救済しようと始めたことだったのだ。それが、先進国のエゴで、とりかえしのつかない悲劇を生んでしまった。
 「緑の革命」以前は、発展途上国の人々は裕福とまではいかなくても、田畑や自然の恵みを受け、そこそこ食べていけていたのである。
 もともと彼らは、自然が与えてくれる恵みの範囲で、つつましく生きていたのだから

 そんな仕打ちをしておいて、発展途上国などに「資金援助」や「募金」などで救済した気になり、「財政難の中、資金援助は厳しいものがあるけど、我々先進国のつとめだよね」なんて、善人面するのは、どうかと思う。
 もちろん、資金援助は必要だし、募金はいいことだ。
 でも、それで善人面するのは勘違いだ。どこかに「我々のせいで、もうしわけない」という気持ちが、せめてあるべきなのではないだろうか?
 あなたが肉親を殺されたとして、その犯人から慰謝料を払われ「これで、お金の面で援助したから助かったでしょ? 僕、良いことしたな〜」なんて言われたら、ブチ殺したくなるでしょう?

 よく「発展途上国に必要なのは教育だ。我々先進国の民は、幼い頃から勉強し、社会人になっても、昼夜を問わず働き、努力しているのだ。そのような努力が、発展途上国には必要なのだ」
 なんて、テレビで臆面もなくコメントする文化人達がいる。
 耳を疑う。
 「それは、違うんじゃない」と思う。

 考えてもみてほしい。
 その、努力し勉強した先進国の国民とやらは、水道を使わず、安全な飲料水を手に入れる術を知っているのだろうか? スーパーに行かずして、自然の中からその日の糧を得ることができるのだろうか? 田畑で、米や麦を作ることができるのだろうか? そもそも、火ひとつおこす事ができるのだろうか?
 そのような国民が、大地を駆け回って獲物を得ているような民に「もっと勉強しろ」なんていう資格があるだろうか?
 スーパーで、出来合いの料理を食べているような人たちと、自分の足で駆け回って獲物を狩る人たちと、どちらが努力しているといえるだろう? どちらが、学んでいるといえるだろう? 
 
 水道・電気・ガス、これらインフラが整っていなければ、日常の生活もままならない文明人と、ただ自然の恵みだけで、つつましく生きていける人たちとで、どちらが豊かな知識を持っているといえるだろう? どちらが偉大だろう? 
 我々先進国の生活は、環境破壊、資源浪費を犠牲にして成り立っている。いつか地球を滅ぼす破滅の道だ。
 しかし、自然に根ざす人々の生活は、これまで何万年も続いてきて、よほどの天変地異が起こらない限り、永続していけるのだ。


 さて、どちらが先進国で、どちらが発展途上国だろうか?
 ほんとうに我々日本人の生活が「先進国」で、自然と暮らす彼らが「発展途上国」なのか? 
 我々が「進んで」いて、彼らは「途上」にいるのか?
 もういちど、よく考えてみてほしいと思うのである。

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  • 2016.11.03 Thursday
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  • 13:41
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コメント
おっしゃるとおりです。

弱いもの、持たざるもの(途上国)がずる賢い資本家(先進国)に搾取され続ける状況は、今なお植民地みたいなものです。
  • 全くもって
  • 2016/06/29 10:58 PM
ありがとうございます。

賛同していただいて嬉しいです^^

私も微力ですが、今のビジネスから毎年寄付を行っています。

まぁ、気休め程度でしょうが(笑)
  • 坂口
  • 2016/11/03 5:14 PM
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