<< 11月の活動報告☆ | main | 近況 >>

スポンサーサイト

  • 2016.11.03 Thursday
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

一定期間更新がないため広告を表示しています


ノルウェイの森 〜映画と原作〜

 映画、ノルウェイの森を観た。
 
 素晴らしかった。
 ただ、周りにオススメする映画の類ではないと思う。
 原作同様、「ある人には強く愛され、ある人からは強く拒否される」作品だと思う。

 原作は、誰もが知るベストセラー作品だが、この作品を全て読んだ人となると、おそらく発行部数の10分の1もいないと思う。

 だから僕は、もっとも人生で感銘を受けたこの本を、誰にもすすめたことがない。
 この作品は、「優れている、優れていない」とかではなく、純粋に「好きか、嫌いか」なのだ。
 この作品を理解できるからといって、頭がいいわけじゃないし、嫌いだからと言って、感性が鈍いわけではない。
 
 喩えれば、お気に入りの場所のようなもの。
 思い入れがある人には、特別な場所。
 思い入れがなければ、ただの風景。

 その程度のこと。

 でも、その程度だが、お気に入りの場所と言うものは、その人の人生にとってかけがえのないものであり、時には生きる支えにすらなったりする。
 そんな作品なのだ。

 だから、この作品を否定することは悪いことではないが、この作品を深く愛する人を否定することは誤りだ。
 それは、その人のお気に入りの場所を否定することになるからだ。
 誰にそんな権利があるだろうか?

 僕は、これまでの人生であきれるほど本を読んできたけれど、もっとも読み返した本はノルウェイの森である。
 それは、私が読んだ本の中でベスト1だったからではなく、ただその世界観が「お気に入りの場所」となったからだ。

 それほどこの本を読み返した僕だが、それでも映画を観て、さらに作品への解釈が深まった。

 まず、これは有名な話ではあるが、この作品のテーマは「生と死」である。それは、村上春樹自身も述べている。
 直子は「死」を色濃く背負う女性であり、緑は「生」に満ち溢れる女性である。
 主人公であるワタナベは、「女(愛)」というかたちで具現化された生と死を彷徨い歩く。

 そして、これは映画ではカットされていたが、原作では、直子のもとから帰ってきたワタナベをみて、緑が「どうしたのワタナベくん。まるで幽霊でも見てきた様な顔してるわよ」という台詞がある。
 原作だと、それは頭では理解できるのだが、映画を通してみると、肌がピリピリするほど感じることができる。
 原作は、あまりに文体が軽妙すぎて、主人公たちの心情を見失ってしまうことがある。
 苦しみも、悲しみも、なんだか他人事のような気になってきてしまうのだ。
 しかし、映画ではこの葛藤が非常に巧妙に表現されていた。
 主人公たちに、血が通うのだ。(もっとも、主人公に血が通わない軽妙さは、村上作品の醍醐味なのだが)

 僕は、原作を何度読んでも、直子が死ぬのは作品の都合でしかない気がした。
 そりゃ、作品上は直子を死なせれば、緑に戻っていけるけど、たしかに直子の死は必然だけど、自然ではないのではないか? と考えていたのだ。
 でも、この映画を観て考えが変わった。
 どう考えても、ワタナベと直子のハッピーエンドは考えられない。
 しかも、ワタナベは緑と出会ってしまった。

 もし、緑という存在がなければ、この物語の結末は後追い心中になったかもしれない。
 しかし、ワタナベは強烈な生に出会ってしまった。 
 そして、ワタナベは「生きたい」と願った。

 原作で、印象的な言葉がある。
 「直子は、僕のことを愛してさえいなかったのだ」
 僕は、その意味が良く分からなかった。
 でも、今はその意味が分かる。
 ワタナベも、直子のことを愛してはいなかったのだ。
 
 ワタナベは緑を愛してしまったのだ。
 直子に抱いていたのは、愛ではなく同情なのだ。
 
 ここで、永沢さんの名台詞が活きてくる。
 「自分に同情するな。それはもっとも卑劣な人間がすることだ」
 人と人はである。

 直子に同情する=自分に同情する
 直子を愛していない=直子は自分を愛していない

 そのことに、気付いてしまう。

 最後の慟哭は、直子を失った悲しみもあるが、それ以上にそのことに気がついてしまった自分への慟哭でもある。
 そして、そのことに直子は気付いていたのだということを、自殺によって知ってしまったのだ。

 そう、直子は気付いていたのだ。
 だから、命を絶ったのだ。
 それは、死の世界からワタナベを旅立たせるためだったのだ。
 そして、この時に僕は気付いてしまった。
 キズキが自殺した理由だ。
 きっと直子と同じだ。

 そうやって、直子とワタナベに生のバトンが渡されたのだ。
 でも、そのバトンは喪失という名の錘が入っており、その錘に負けてしまうと、バトンを受けた者までも死の世界へと引きずってしまう。
 
 直子は、死の世界に引きずられ、ワタナベはバトンを受けたのだ。

 映画を観なければ、このような気づきにはいたらなかったろう。
 もう一度観たい。
 そう思わせる映画である。 
 ただし、誰も誘わずにまた独りで観ることになると思う(笑)


スポンサーサイト

  • 2016.11.03 Thursday
  • -
  • 11:33
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
トラックバック
calendar
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< September 2017 >>
sponsored links
selected entries
categories
archives
recent comment
recent trackback
recommend
おおきな木
おおきな木 (JUGEMレビュー »)
シェル・シルヴァスタイン, ほんだ きんいちろう, Shel Silverstein
recommend
links
profile
search this site.
others
mobile
qrcode
powered
無料ブログ作成サービス JUGEM