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  • 2016.11.03 Thursday
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起業しました(笑)

 え〜、このたび私、起業しました(笑)

 幸せ師の仕事が、おかげさまで予想以上の好評を頂いているので、思い切って開業することにしました(笑)

 と、言っても、税務署に行って、開業届出すだけなんですけどね。
 ほんの5分ですむ作業です。
 起業って、こんなに簡単なんですね(汗)

 でも、感慨ひとしおでした。

 やはり私には、三代目とあって、どこかで「親から受け継いでいる」というありがたさを感じる反面、どこかで、起業家たちをみると「彼らに比べれば、私は甘えてるな」なんて、変な引け目を感じてました(でも、本当は二代目、三代目の方が大変なんですけどね)
 また「私のじいちゃんは、どんな気持ちで起業したのかなぁ」なんて、起業家スピリッツへの憧れみたいのもありました。
 だから、ほんとに小さな企業だけど(個人事業だしね)、まがりなりとも自分だけの事業をもてたのは、ほんとに嬉しいです。

 僕の手帳には「2009年 資源消費に依存しないエコな事業を立ち上げる」って書いてあるんです。
 もう、2年も前に書きました。

 その時は、まさか手相で開業するとは思いませんでしたが(爆)、考えてみれば、手相って資源消費しないし、エコな事業なわけですよ。
 そして、ちゃんと開業してる。

 これが、手帳のすごさだと思います。

 ぜんぜん思惑と違うけれど、結果は達成してるんです。
 
 私は、様々なツールを使いこなしていますが「その中で一番はなんですか?」って訊かれたら、迷わず「手帳」って答えます。
 私の場合、手帳なしには夢の実現はなかったでしょう。

 実際、私も様々な勉強会やセミナーを受け、実際に成功者と呼ばれる方と一緒に食事する機会も頂きましたが、皆さん例外なく手帳を使いこなしています。
 今のところ、講演会をするレベルの著名人で、手帳を使っていない人に出会ったことがありません。
 それも、スケジュール管理としてではなく、夢の管理として手帳を使いこなしています。
 
 最近では、その人の手帳を見れば、その人が成功するかどうか、分かるまでになりました。

 いつか、皆様に私なりの手帳ノウハウを伝えられたらなぁ、と思います。
 でも、私なんかより、もっと素晴らしい方々が手帳に関する本はいっぱい出しているので、そちらを参考にするほうが良いかもしれません(笑)

 私でよければ、手帳に関する相談は乗りますので、遠慮なくどうぞ^^


確信 〜ある種の悟り〜

 昨日は、商店街の関係者の方々と懇親会があった。

 覚悟はしていたが、やはり手相鑑定は目立つ行為なので色々な事を言われた。
 正直、好意的な意見ばかりではなかった。

 ただ、その時、私は重大なことに気づいた。

 これは、もう私自身の価値観の転換期といっていいほどの変化。

 なんと「すべての意見がありがたい」と思えている自分に気がついたのだ。

 これは、私的にはかなり大きな変化だった。

 昔だったら「なんで、あんなこと言われなきゃいけないんだ」って、ムカついていたと思う。
 でも、今回はけっこう手厳しく言われても「ありがたいなぁ」と思えた。
 私も人間だから、言われたときには頭にくるし、自分が主張すべきことはちゃんと主張しました。
 
 で、いつもなら、その後も引きずって「むかつく。むかつく」とイライラしていたんですが、今回は家に帰って「でも、言ってくれた意見はすべてありがたいな」って、これ純粋に思えたのだ。

 今までは、無理やり「すべての出来事は、よき出来事」って思い込むようにしていたんですが、最近では自然と「すべて良きこと」と思える。
 なんかトラブルあっても「これは、私にとってありがたいことなんだ」って、素直に思える。
 むしろ、トラブルがあっても「これは、どんな良いことの兆候なのだろう」って、思ってしまう(笑)

 今までは、無理やり思い込もうとしていた。
 でも、今では自然と思える。

 これは、なんかちょっとした悟りの気分。

 おかげさまで、昨夜は心地よい眠りにつきました(笑)

 思い返しても、色々言われたけれど、すべて私にとって必要なものだったし、ありがたい言葉だった。

 そんなわけで、私はやはり今日も感謝の気持ちでいっぱいです。

 みなさま、ありがとう。

 昔なら、強がりで「ありがとう」って言ってたかもしれない。

 でも、今は、心から、本当にありがとうございます。

 ほんと、自分でもこの心境の変化に驚いてますが、感謝してます。

 本当に、本当に、感謝しております^^

 ありがとうございます。


34歳にて、大いなる転換期の予感

 ここしばらく、このブログでも述べてきたが、やはり今月34歳の誕生日を迎えるに当たって、その前後の転換が半端ではないです。
 ほんとうに、色々なことが起こっています。

 実は、つい昨日愛猫のルーシーが亡くなりました。
 8年以上飼ってきた猫なので、思い入れもあります。
 このブログの初期に写真入りで登場している猫ですが、その記事を読んでもらえば分かるように、妻はこの猫に並々ならぬ愛情を注いできました。
 だから、妻の凹みようも大きいようです。
 こういうとき、子どもがいてよかったと思います。
 おそらく、子どもがいなかったら、妻は軽く鬱に入っていたと思います。

 そうやって、色々失ったものもありました。

 そして、久々の友との再会での大きな収穫や、3年越しで販売士1級に合格し、販売士協会公認講師になるための講習を受けにいったのも、8月にはいってからです。

 そしてもうひとつ。
 
 これは兆候としても現れていた、大きな収穫がひとつ。
 
 それが「幸せ師」

 実は、7月31日、8月1日の夏祭りの両日で、冗談半分に手相を見ました。
 手相は学生時代から勉強をしていましたが、今回はお金もいただくので1週間ほどかなり打ち込んで勉強しなおしました。
 すると初日、なんと予想以上の来客。
 翌日も、列ができるほどの盛況ぶり。

 その後も、予定が入っていない金曜・土曜の夜7時から9時までやっているのだが、列が途切れないため、10時まで終われない状態です。
 
 もう、ほんと感謝感激です。

 ちなみに、「幸せ師」とは、「関わる人を幸せにしたい」という私の願いをこめて、私がつくった造語。
 私、これからは職業「幸せ師」でいきます(笑)
 
 昼間の、自営業も、お客様を幸せにする「幸せ師」
 夜の、手相をみながら、良い相を見つけ「あなたなら、大丈夫!」と励ますのも「幸せ師」
 プライベートで、販売士協会の活動を通して、接客の素晴らしさを伝えたり、自己啓発を促すのも「幸せ師」
 時には講師として、後進の育成を行うのも「幸せ師」

 すべては、「幸せ師」の活動です。

 いまのところ、ググッてもヒットしないので、私は「幸せ師」創始者ということで(笑)

 そこで、こんなホームページ(ブログ?)をつくりました。

 「幸せ師ユーイチの部屋」
 http://siawasesi.jugem.jp

 今のところ、手相をする日程しか載せていませんが、これからコンテンツの充実を図ろうと思います。

 「手相、いつ見てくれるんですか?」
 という問い合わせが殺到し「いや〜、私の暇な時間で・・・」なんて言ってられなくなりましたので、今後は上記のブログにて日程を公開していきます。
 どうぞ、参考になされて、興味がある方は手相鑑定にいらっしゃってください。
 あなたを幸せな気分にすること間違いなしです!

 このひと月ほどこの活動を見守り、もし流れに乗りそうなら、大きなプロジェクトを考えています。
 
 プロジェクトその1
 「カンボジアに井戸を掘ろう!」
 手相鑑定の売り上げの10%を、カンボジアに井戸を掘りにいくための活動資金とします。
 どこかの団体に寄付する可能性もありますが、今のところ私自身がカンボジアに乗り込み、私自身も加わって実際に井戸を掘ることを考えております。
 寄付することも大切ですが、寄付されたお金がどのように使われるのか、実際に見てみたいのです。
 「なにか、私が世界の子どものためにできることはないか?」  
 ずっと長い間私が胸に抱いていた想いです。
 これは、ぜひ実行したいと思っています。
 もう、今からワクワクしています。

 プロジェクトその2
 「資源消費に依存しないビジネスモデルの確立」
 これは、私が経営を勉強し続けるテーマです。
 もう、今の資源消費に依存した資本主義は限界なので、人と人のつながりがビジネスになる新しいビジネスモデル(私の理想とする共存主義の一端)を構築しようというものです。
 手相って、一切資源を使わないし、しかも私の手相占いは相手をハッピーにする占いですんで、相手にも喜んでもらえます。
 これって、とっても幸せなビジネスモデルだと思うんです。
 今後、「幸せ師」の活動を通して、関わる人がどんどん幸せになっていくようなビジネスを立ち上げていこうと思っています。
 
 プロジェクトその3
 「コミュニティによる地域発展」
 私は今年3月に行われた、長崎県主催の経営戦略人材育成セミナー(MBF)にて、「コミュニティによる地域発展」のビジネスモデルを発表いたしました。
 田上市長も駆けつけていただき、県職員、銀行関係者から非常に高い評価をいただきました。
 「幸せ師」の活動を通してコミュニティを形成し、これらのビジネスモデルの実行をはかりたいと思います。

 なんだか、この8月は色々な運命的な出来事が起こります。
 今まで行ってきたことが、すべて一点に集約し、つながろうとしています。
 そのときは分かりませんでしたが、今ならここにつながるものだったのだと実感できます。
 ひとつの、大きな方向性が見えてきました。
 
 すべての出会いは、良き出会い
 すべての出来事は、良き出来事

 
感謝。


友との再会 〜理論と直感、どちらが強い?〜

 販売士協会公認講師になるために東京へ1泊2日で旅立ったのは、前述のとおりですが、その際、大学時代の親友と再会してきました。

 結果は「再会できて、よかった!」

 いや、一言で書くと単純でバカみたいですが、私ぐらいの歳になると、再会してがっかりする友達も多いんですよ。
 だから、久々に再会して「会ってよかった!」ってのは貴重です。
 ちなみに長崎では、今は医者として活躍しているMなんか、今でもちょくちょく連絡とって再会している貴重な友であります。
 私自身も、久々に再会して「がっかりした」と思われないように、日々頑張っています(笑)

 一番面白かったのは、久々に会って「より、友のことを理解できたこと」です。
 まぁ、4年くらい会っていなかったので、時間的にはブランクあるんですが、なんか今のほうが、より深く友のことを理解できました。
 たぶん年齢を重ねることにより、経験とか、人間観察力の向上によって、より深く人を理解できるようになったのでしょう。
 
 TとHという、二人の友と再会したのですが、Tは私とは似たもの同士というか、同じグループ的な匂いがあって、学生時代からわりとつるんでいました。
 Hのほうは、これが大学時代の私には未知の世界というか、なんかぶっとんでて「何を価値基準としているのか、よく分からん」存在だったんです。
 んで、Hにとっても私は「よくわかんねぇ」存在だったようです。

 今回の再会の場には、Tの彼女も来ていたのですが、その彼女が「坂口さんとHさんは、水と油みたい」と笑っていたのが、まさに真言。
 もちろん仲間としてつるんでいたから、ある程度同属の傾向はあるのですが、価値観においてはまるで正反対。
 「なにが、俺とHの根本的違いなんだろう」
 と、常に疑問に思い、実は、つい最近まで分からないでいたのです。
 それが、今回の再会で分かりました。
 
 「私は理論で動き、Hは直感的感情で動く」

 これです。
 これが、決定的違いです。
 「直感的感情」だけの表記では、Hのことを正確には言い表していません。
 ちょっと付け足します。
 「天分のひらめきと感情で動き、カリスマ的魅力を発する」
 これで、分かりました?

 そう。
 そこがHのすごいところ。
 ふつう「直感的感情で動く」と書くと「え? バカ?」と思うでしょうが、このHはそこに「天分のひらめき」があり「カリスマ的魅力」を備えているんです。
 そこが、Hの「只者ではない」ところです。

 大学時代からHは、「人を惹きつける何か」があり、それがなんなのか、私はいつも疑問に思っていました。
 一方、Hから見た私は「理論で動き、なんか知らんが計算高く自分のやりたいことをやる人間」だったのではないでしょうか?

 こんな二人だから、お互い話してても「俺は違うな」とか「俺には出来ないな」みたいな会話の応酬になるんですが、最終的にはお互い、お互いを認めて終わるところが面白い(笑)

 「理論と直感」

 どちらが正しいか?
 どちらが強いか?
 
 このテーマは、難しい。
 ある程度の凡人だったら、絶対「理論」を学んだほうがいい。
 でも、ある種天才と呼ばれる人は「直感」のままがいい。
 下手に「理論」なんか学ぶ必要はない。センスが鈍る可能性があるからです。
 (ただし、天才ピカソには、徹底した絵画の下地と理論があったことは言及しておきます)

 私は勉強を始めて「世の中の全ては理論であり、ほとんどの出来事は科学的に解明できる」と思っていました。
 今でも、そう思います。
 しかし、今回のHとの再会はそこを突き破っていました。
 Hは、正直「理論」と言うものを持たない。
 むしろ「自分が何を感じるか」を重んじる。
 ものすごく「自然体」なのです。

 そして、そのピュアなまでの自分自身への正直さが、接する人間の心をつかむし、カリスマ的魅力を発してるんです。
 Hにとって、すべて理論で論破する私は「異質」でしょう。
 でも、だからこそ「興味」でもあるのでしょう。
 「俺も、理論学んだほうがいいのかな?」と、ふと口にしました。
 「いや、Hは今のままが良いよ。下手に理論学ぶと、センスが鈍る可能性もあるし、そもそも理論なんて、凡人の自己防衛だよ」と、私はフォローしました。
 そう、理論なんて凡人の自己防衛。一握りの天才的人間には、必要ないんです。

 なんか、Hも色々あったようで色々悩んでいたが、でも、ぜひ彼には今のまま伸びていってほしいです。
 私は凡人でした。
 だから、理論が必要でした。
 全てを理詰めで考えてから、行動してきました。
 そうすることで、凡人以上の成果を残した自信があります。
 接客や営業も、ソーシャルスタイルや心理学を駆使して、理論的に人間を体系化し、判別し、その人に最も合った方法で接することにより、実績を上げてきました。
 「ソーシャルスタイルや心理学を応用すれば、初めて会った人と数分話しただけで、その人の人間性が分かるようになるよ」そう話した私に、Hは「俺は、なんか理論で人を判別するのは嫌だな。そういう目で、人を判断したくない」と言いました。
 この言葉が、Hの真骨頂。
 
 凡人がこんなこと言えば「じゃあ、お前は理論もなしに、人を判別できるのか!」って上司に一喝されるが、私はHに抗弁する気にはなれませんでした。
 Hは、甘えとかではなく、本気でそう思っているのです。
 非常にピュアな心で言っているのです。
 そんなHを批判することなど、できません。
 むしろ、Hのその考え方こそが正論ではないかとさえ思えてきます。
 うん、そうなのでしょう。
 人は、本来Hのように、自然体であるべきなのです。

 しかし、なにかと生き難いので、理論武装して自己を守る。
 でも、その武装によって、お互い本心が見えにくくなったのかもしれません。
 私は、今回の再会によって、まったく価値観の違うHから、私がどこか「理論万能主義」に陥りそうだったところに、冷や水を浴びせられました。
 私は凡人だから、これからも理論を学んでいくでしょう。
 しかし、Hのような考え方も、心の奥底に置いて、尊重しなければならないのです。

 本当に、色々なことを気づかされた東京旅行でした。
 
 P・S こんな「水と油」を、いつもうまく取りまとめてくれるTの緩衝能力に感謝します。
 すてきな彼女と、これからも幸せな時間をお過ごしください。
 つーか、はやく長崎に遊びに来い!(笑)

〜資産家の家に生まれることは幸せか?  働かないことは幸せか?〜

 
 「あ〜、もう働きたくない」
 これは、誰しも一度は考えたことがあることではなかろうか。
 
 「では、働かないことは幸せだろうか?」

 それでは突然あなたが、明日から働かなくても遊んで暮らせる身分になったら、幸せですか?

 この問いに「YES」と答える人もいるかもしれない。
 昔の私だったら「YES」と答えただろう。
 しかし、今なら自信を持って答えられる。
 「そんなの、つまらない」

 あなたの周りに、働かなくても遊んで暮らせるという羨ましい身分の方はいるだろうか?
 私はまだ34年ほどしか生きていないが、ちょっとした社会の裏側を垣間見たり、経営者として色んな人物に出会ってきたから、そのような方に多く出会ってきた。
 当時は「好き勝手生きれていいなぁ」と思っていた。
 しかし、今では「そんなの、つまらない」と思う。

 そもそも「金持ち」「資産家」とはなんだろうか?
 「金持ち父さん・貧乏父さん」で有名なロバート・キヨサキ氏が提唱する「キャッシュフロー・クワドラント」を用いて分析してみる。

 キャッシュフロー・クワドラントでは、ビジネスパーソンの立ち位置を4つに区分けしている。
 
  孱邸 従業員(employee)
 ◆孱咫 自営業者(self-employed)
 「B」 ビジネスオーナー(business owner)
 「 I 」 投資家(investor)

 以上の4つの区分のうち、番号が大きくなるほど金持ちとされる。
 ただし、「B」と「I」はイコールなので、ともにである。

 つまり、E<S<B・I が、金持ちの順序となる。
 ※正確には、キヨサキ氏はE=Sとしている。しかし、私は税制面の優遇から考えて(利益さえ出していれば)EよりSが金持ちとしている。

 ここで「金持ち」の定義をはっきりさせよう。
 それは「経済的な自由を手に入れること」
 ピンとこない?
 では、こう言い換えたらどうだろうか?⇒「働かなくても暮らしていけるようになること」
 そのためにはどうすれば良いか?⇒「不労所得が支出を超えること」
 わかりやすく言い換えると⇒「働かなくても入ってくるお金で、生活できるようになること」である。

 「おい! ちょっと待て! だったら、冒頭の『働かなくても遊んで暮らせることは幸せか?』の答えは『YES』じゃないか!」
 と、ツッコミを入れたあなた。
 するどい! 
 ここまでの文章を、よく理解している。
 そういうツッコミって大切なのだ。
 人間って、疑うことが面倒くさいんで「途中で言っていることが変わっている詐欺師」の言うことを、疑いもなく信じてしまう。
 だから、騙される。
 でも、ご安心。
 そんなあなたも納得できる結論をちゃんと用意しているつもりだ。
 まずは、そんなするどいツッコミを入れた自分自身を褒めてあげつつ、この先も読み進めていってほしい。

 まず、E・SとB・Iの決定的な違いはなんだろうか?

 大切な質問だから、もう一度分かりやすく繰り返す。
 「E(従業員)S(自営業者)
 と
 B(ビジネスオーナー)I(投資家)
 の決定的な違いは何か?」
 と問うている。

 なんか、すごくクドイ書き方してるけれど、これがとても大切なことなのだ。
 このことに気づくだけで、お金に対する価値観が劇的に変わるのだ。
 どうか、真剣に考えてほしい。
 そして、答えを出してからこの先を読み進めてほしい。


 ・・・では、答え。
 「E・Sは自らが働いてお金を稼ぐのに対して、B・Iは自ら働かなくても勝手にお金が入ってくるという点だ」
 
 「お金は、働かなくても手に入る」
 このことに気づくだけでも、お金の価値観は激変する。
 
 「お金は、働かなくても手に入る」 
 「お金は、働かなくても手に入る」
 「お金は、働かなくても手に入る」

 
 「・・・って、だったらやっぱり冒頭の『働かななくても遊んで暮らせることは幸せか?』の答えはやっぱり『YES』じゃないか!」と、今度こそは大多数の方がツッコミを入れることができたのではないだろうか?
 いいですよ、その調子!(笑)

 「何が言いたいんだ!」とやきもきしている方に、結論から申し上げれば
 【最終的には働かなくても遊んで暮らせる環境を手に入れるべきだ。しかし、それは自分で勝ち取るべきだ。自分で働いて、勝ち取るその過程にこそ価値があり、そこに幸せの根源があるのだ】
 である。

 「え? でも、最終的には『働かなくても暮らせる環境』がゴールな訳でしょ? だったら親の資産を譲り受けて、それで一生遊んで暮らせればそれが一番じゃない?」と思った方、ぜひ、このブログを最後まで読んでほしい!(爆)
 なぜなら、その考えこそが、不幸の根源だからだ。

 私は日頃から「みんな結果にばかりこだわり、その過程がおざなりになっている」と警告してきた。
 確かに、ビジネスにおいては「結果重視」も仕方ないと思う。
 どんなに過程で努力しても、失敗は失敗。
 どんなに過程で怠けていても、成功は成功。
 そして、ビジネスでは努力して失敗したものより、怠けていても成功したものが評価される(まぁ、たいていの場合は怠けているんじゃなくて、効率がいいだけなんだけどね)。
 それは、当たり前。
 ビジネスは、ある程度は結果重視でも構わないと思う。
 
 でも、人生は結果重視でいくと、大変な間違いを犯すことになる。
 
 だって、人生の結果って「死」以外に何があるだろうか?
 
 そうでしょ?
 人生って、「死」以外にどんな終わり方があるんですか?
 私は、ぜひ人生を「死」以外で終えた人に出会ってみたいのですが、残念ながら今のところ出会えていない。
 ※この場合、宗教的観念における死生観は別とする。
 あくまで生物学的「死」である。

 どんな金持ちだって、貧乏だって、善人だって、悪人だって、偉人だって、凡人だって、みんな結果は「死」なのである。

 なのに、なぜ生きてるうちに賞賛されたり、後世になっても偉人として語られる人がいるのか?
 それは、その生き様が素晴らしかったからじゃないか?
 そして、生き様って「過程」なのだ。

 もうひとつ、例を出させてほしい。
 すんごくちんけな例で申し訳ないが(笑)、人生ゲームを友達としたとしよう。
 その人生ゲームはちょっと変わってて、スタートから1マス目にいきなり「ゴールへ進む」があるのである。
 あなたは、いきなり「1」の目を出してしまい、ゴールした。
 はい、1着です。
 ゲームの勝者です。
 嬉しい?

 ゲームは続く。
 あなた以外の友達は、運悪く?「1」以外の目を出したので、いきなりゴールはしませんでした。
 その後、友達たちは就職したり、結婚したり、子どもを授かったり、破産したり(笑)しながら、ワイワイ楽しくゲームを進めていく。
 そうやって、ようやく2着がゴールし、その後3着、4着と続く。
 ゲームが終わった後、友達たちはゲームの内容で盛り上がる。
 「いや〜、まさか就職でアイドルのカードを引くとは思わなかったよ」
 「俺なんか、子ども3人だぜ。出費でかかったわ」 
 「俺なんか、倒産したのに、よくあそこから2着まで盛り返したわ」
 なんて、盛り上がってるわけです。
 あなたといえば「おめぇ、開始早々ゴールしちゃうなんてな。退屈だったろ?」とちゃかされるぐらいで、まるでゲームの話に参加できません。
 さて、この人生ゲームで、一番ゲームを楽しんだのは1着のあなた? それとも・・・・・・?

 私自身も、最終的にはB(ビジネスオーナー)かI(投資家)になって経済的自由を手に入れたいと日々勉強している。
 今、私はS(自営業者)の立場にあるのですが、それが無駄とは思わない。
 私の中間目標は今S(自営業者)からB(ビジネスオーナー)になることですが、だからといって今のSの立場を不遇とは思わない。
 むしろ、このSからBへとシフトする過程にこそ幸せの根源があると思っている。
 ロバート・キヨサキ氏本人も、E(従業員)からB、Iへとシフトしていった。(ちなみに、キヨサキ氏は初めコピー機の営業マンだった)
 決して初めからBやIを目指さなかった。
 なぜか?
 EやSにこそ、BやIの土台があることを知っていたからだ。

 EやSに従事していると、苦労も多い。理不尽なことも多い。
 時には、絶望することもある。
 でも、この絶望や苦労こそ、糧なのだ。
 
 ただ、ここで強調しておく。
 「苦労や絶望をしてはいけない」
 
 はい、ちゃんとツッコミました?

 もう一度、ちゃんと言おう。
 「EやSに従事していれば、苦労することも絶望することもある。しかし、それを苦労や絶望として捕らえてはいけない」
 これで、分かりやすくなっただろうか?

 私が斉藤一人さんが好きな理由は、この辺を分かりやすく解説してくれるからだ。
 斉藤一人さんの哲学は「人は苦労や努力をしてはいけない。すべてを楽しむべきだ」である。
 そのために「自分をツイていると思い込む」など、様々な方法が紹介されている。
 ここで、よく勘違いされるのが「そんな気楽に人生生きれるか! 努力しなきゃ成功はない!」という意見なのだけれど、こういう方は残念ながら一人さんの言うことをよく理解していない。
 一人さんは「苦労、努力、絶望すらも楽しみなさい」と言っているのである。
 そうすれば、それらは『苦労』ではなく『楽しさ』になるのである。    
 ちなみに、私の信条の「Fun Life」は、人生に起こる全ての出来事を楽しむという心意気である。

 この哲学は、ある意味苦労したものにしか身につかない。
 一度は絶望し、でもその状況すらも楽しめたものが本当の意味での「楽観主義」を手に入れられるのである。
 EやSの立場というのは、この「すべてを楽しむ」という生き方を手に入れるのにもってこいなのである。
 この「すべてを楽しむ」という生き方を体得していないものが、いきなりBやIになったときに、悲劇は起こる。
 急に成り上がった者や、親の遺産だけを継いだ者の多くが、あまり幸せでない人生を送っている例が多いのもこのためである。
 
 往々にして、創業者が尊敬され、また人格的にも優れているのは創業者はEかSを経てBになっているからである。
 ところが、二代目三代目となると、いきなりBの立場から始まるので人格形成が未熟なままとなる。
 それが、悲劇の始まりなのだ。

 私も三代目なので、偉そうなことは言えないが(笑)、私が様々な経営者や地位のある方と出会ってきて、一番の違いを感じるのは「人の扱い方」である。
 「あ、この人は人物だな」と思う方は圧倒的に人の扱い方が上手い!
 そして「あ、この人はただのボンボンで、この会社は危ないな」と思う方は、人の扱いが下手だ。

 では、人の扱いが上手いってどういうことだろう?
 それは、相手の立場に立てるということ。
 では、相手の立場に立てるとは?
 それは、相手の立場を理解できるということ。
 では、相手の立場を理解するには?
 それは、自分を相手の立場においてみること。
 では、自分を相手の立場におくには?
 それは、自分自身が相手の立場においてみること。もちろん、類似体験から創造を働かせてもかまわない。

 ここだ。
 人の扱いが上手い人の多くは、自分自身が過去に相手の立場にあった方が多い。
 たとえば、経営者なら、過去に自分が従業員の立場であったとか。
 そうやって、雇われる側の立場に身をおいた経験が、将来的に人を雇うときに生かされるわけである。
 なのに、いきなり人を雇う立場になった方は、自分が雇われたことがないため、雇われる側の立場が良く理解できないのである。
 もしくは、せっかく過去に雇われた経験があるのに、そのときに経験を生かせず、つまり、相手の立場になることができずに、人をうまく扱うことができないという方もいる。

 ちょっと視点を変えよう。

 「優れたトップになるには、自身が優れていなければいけないか?」

 面白い話を聞いたことがある。 
 「大企業のトップほど『バカ殿』が多い」
 
 これは、どういうことだろうか?

 じつはこれは、安易に優秀であることへの戒めである。
 もし、あるトップが抜群に優秀であったとしよう。
 優れた理論を持ち、どんな相手もリベートで打ち負かす。

 でも。この企業は伸び悩むだろう。
 伸びるとしても、そのトップ個人の器までだ。
 それ以上にはなりえない。
 なぜなら、そんな優秀なトップがいたら、まわりは何もしなくなるし、リベートで打ち負かされるなら誰も意見を言わなくなるからだ。
 そうして、周りの力を生かすことのできない、ワンマン企業に成り下がる。
 そして組織は、長期的には一人の天才的トップより、ちょっと優秀な10人を結束させた方が強いものなのだ。(「項羽と劉邦」の話を思い出そう。なぜ、文武両道・才色兼備な項羽は、人徳以外に特に才能がない劉邦に負けたのだろうか? 
 もちろん、劉邦には韓信という天才もいた。しかし、結局韓信は最後には殺される。統一後の国を治めたのは、項羽や韓信といった天才には及ばない『ちょっとだけ優秀な人物』たちである。
 ちなみにこの話、韓信はもともとは項羽の部下だったというから面白い。天才は天才を知ることはないのか? もしくは、天才は天才を用いる事はできないのか?)

 そこで、本当に才能あるトップは「能ある鷹は爪隠す」よろしく、バカ殿を演じるのである。
 それも、愛嬌のあるバカ殿である。
 そうなると、周りはトップに意見を言いやすいし、愛する殿のために「俺ががんばらなければ!」となるのである。
 昨今ベストセラーとなった「のぼうの城」が好例である。
 「でくのぼう」だから「のぼう様」と呼ばれる殿だが、農民からは大変愛されていた。
 その農民が「のぼう様」を愛するがゆえに、ゆくゆくは戦局をひっくり返し、とうとう秀吉は「のぼうの城」を落とせなかった。
 
 ちなみに、「のぼう様」こと長親は普段から農民たちと共に農作業をする風変わりな殿様だった。
 しかし、その体験があったからこそ、農民の立場で物事を考えることができたのだ。

 これこそが、私がEやSの立場を重んずる理由である。
 BやIになって、自分は働かずにお金を得ることは、ある意味貴重な自由を得ることであり、それを目指すことは価値あることでもある。
 しかし、そのためにはEやSなど、自分で働いてお金を得る者の立場を理解しなければいけないし、その活動の過程にこそ「人間としての成長」「相手の立場に立つ思いやり」「すべてを楽しむ」といった、人生の醍醐味が詰まっているのだ。
 これをおろそかにすると、いくら経済的自由を得ても、人生の豊かさは得にくいだろう。
 
 私はまだ自分の未熟さを知っているから、いまのSの立場からも学ぶことが数多くあるし、その過程が楽しい。
 いかがだろうか?
 あなたはこれを読んだあとでも、明日からすぐにでも働かなくてよいBやIになりたいだろうか?


嫉妬をしてはいけない、これだけの理由

  最近はゆっくり湯船に入れるようになったので(以前のマンション暮らしのときは、シャワーだけでした)、湯船につかりながら本を読むようにしています。
 今、読んでいるのは「マーフィー100の成功法則」「NO.1理論」です。

 「マーフィー」はいまさら説明の必要はないかも?
 「NO.1理論」はオリンピックで金メダルとった女子ソフトボールのメンタルトレーニングを行ったことで有名になった西田さんのベストセラー本。

 どちらも、潜在意識の重要性を説いている。

 この二冊を湯船でリラックスしながら併読すると、深層意識にまでプラス思考が染み渡るようで、効果テキメンです。

 さて、私はこのブログでなんども「嫉妬するくらいなら、その人に見習え」と嫉妬することの無意味さを説いてきました。
 また「他人の嫉妬は、あなたを飛躍させる空気抵抗だ(飛行機も、空気抵抗があるから飛翔する)」と、他人の嫉妬や批判など気にする必要はないことも説いてきました。
 
 しかし「嫉妬の実害」までは、説いていませんでした。

 それが、マーフィーの本にちゃんと書いてあったのです。
 「他人をねたみ、他人の失敗を期待してはいけない。なぜなら、潜在意識はそれをあなたの望みと思い、あなた自身を失敗させてしまうからだ」
 マーフィーも読んだことがなく、今までこのブログを呼んでいなかった人が、いきなりこんなこと言われても「は? なにそれ?」と思うとは思いますが、いちお、このブログでは「潜在意識に到達したイメージは必ず実現される」ということが、大前提となっております。
 普段、こんなこと言ってたら「あいつはオカルトか、怪しい宗教にはまった」などといわれかねないですが、この手の話は、ある種、ある階層の人たちの間では、当然のルールのように扱われています。
 「うん、その通り」ってなものです。

 ここで、今回のテーマで大切なのは「他人の失敗をイメージすつと、自分の失敗として潜在意識が受け止めてしまう」というもの。
 これは、読み返してみて、あらためて悟りました。

 今までは、とにかく「嫉妬なんて無意味で、無駄なことだ。嫉妬は憧れの裏返しだから、嫉妬するほど憧れる人が現れたら、どうやったらその人のようになれるか、その人と仲良くなって教えてもらったほうが100倍マシ」
 という考えだったんです。
 それはもちろん正しいのだけれど、さらに「嫉妬することの恐ろしさ」までは、気づいてなかったんです。
 「嫉妬して、他人の失敗を望むと、それは自分に跳ね返ってくる」
 なんか、訓話じみてはいるけれど、これは確かに一理ある。
 
 たとえば、お金持ちを見て「金持ちは、みんな悪いことして金を稼いでいるんだ」なんて思っていれば、その人は「人に喜ばれてお金を稼ぐ方法」なんて、考えもつかないでしょう。
 だって、その人の頭の中で「金持ち=悪者」なので「金持ち=善人」とは、イメージできないのです。
 だから、自分がお金を稼ぐときも「悪いことをしなければだめだ」なんて、とんでもない勘違いをしてしまいます。
 たとえば、美人を見て「美人は性格が悪い」なんて思ってしまえば「美人で、性格が良くて、頭もいい人」との出会いなんか、まず訪れないでしょう。
 だって、その人は、そんな理想的な女性がいても、美人というだけで「性格が悪い」と決め付けて、関わろうとしないからです。

 人は所詮、自分がイメージできないことは為しえません。
 成功者は、成功する以前から自分の成功したイメージを抱いているものです。

 だから、他人の成功を素直に喜べず「あいつの成功には、なにか裏があるんだ」なんて捻じ曲がったものの見方をする人には、成功は訪れません。
 だって、その人にとって「成功とは、裏があるもの」だからです。
 だから、そんな捻じ曲がった人が成功するときは、やはり「裏」があって、その「裏」によって失脚するでしょうから。

 これが、他人の失敗を望むものは自分の失敗を招いてしまうひとつの要因ではないかと思います。

 逆に、他人の成功を素直に喜べる人は「よし、私もあの人から良いところを学ぼう」と、素直に人のよいところを学び、「タネ」も「仕掛け」も「裏」もない、本当の成功を手に入れるのだともいます。
 
 嫉妬って、ホントに怖いですね。
 まさに「百害あって一利なし」

近況 〜最近得た重要な悟り〜

 今月は総会などが続き、てんやわんや。
 おとといも、販売士協会の企画委員会。
 ただの委員会なのに、なぜか会場を貸しきってのスペシャル委員会(マジ、びびりました)
 いいの? こんなVIP待遇で(笑)
 おかげさまで、非常に有意義な委員会となりました。
 
 それにしても、私が委員長をさせていただいている販売士協会の企画委員会は、とにかく優秀な人材が多い。
 まぁ、販売士協会に所属する人のほとんどが、やる気ある人間か、企業の幹部クラスばかりだから、当然といえば当然かも。
 正直、私が委員長で仕切るまでもなく、素晴らしい意見が出てきて、なんだか毎月イベントを行うという、とんでもない委員会になってしまってます(爆)
 商工会議所の方が「え、これホントに全部やるんですか?」とドン引きするほどのイベントのボリューム。
 ええ、長崎を盛り上げていきますよ!

 そーとー楽しいこと考えているんで、ちょくちょくこのブログでも紹介していきます。


 あと、最近背筋に電撃が走ったかのように悟った言葉が。
 それは「いわれのない批判・やっかみは、受ける人を飛躍させ、発する人を陥れる」ということ。
 これは、なんかふと頭に浮かんだ言葉で、なんかその瞬間、背中に電撃が走りました。
 私的には、すごく重要な悟りだったのだと思います。

 つまりですね、人間生きていれば批判をうけることも、やっかみを受けることもあります。
 で、私は以前まで、なんとかその批判に抵抗しようとかしていたんですが、この言葉により「むしろ、どんどん批判(やっかみ)して!」となったわけです(爆)

 これは、斉藤一人さんの言葉で「自身を向上させようと、人と違うことをやろうとしたら、批判されるのは当たり前。でも、飛行機も空気の抵抗があるから空を飛べるんだよ。人間も、批判ややっかみをうけるほど、成長し、向上するものだ」という言葉から、ヒントを得ました。
 
 だから、批判ややっかみを黙らせる必要はないんです。
 それを自身の飛躍に役立てればいいんです。
 
 あと、人間って、批判されると、相手を恨み、復讐しようとしますよね。
 僕も、「ちくしょー、いつかやりかえしてやる」って何度も思ったことがあります。
 でも、この悟りにより「復讐する必要はない」ことに気づきました。
 
 もし、あなたがいわれのない批判や中傷を受け、誰かを恨んでいたとします。 
 でも、復讐する必要はありません。 
 なぜなら、あなたを批判したり中傷する人間は、そのことにより自身を陥れているからです。
 
 私も、この歳になると、色々な人間の末路を目にするようになりました。
 そして「他人を批判したり中傷する人間に、幸せな人間はいない」という、ひとつの事実にたどり着きました。
 これは、間違いないです。
 
 若い頃は、これが分からないんです。
 だって、短いスパンでみれば、他人を批判したりする人間が繁栄したりしていましたから。
 でも、そういう人間を長い目で見ていると、ほとんど末路は悲惨なんです。
 ちょっと例を挙げるのが、気の毒なぐらいです。
 なかには、自ら命を絶った方もいらっしゃいます。(ちなみに、このブログを見ている方に、この方を知る人はいません。今の私の周りでは、私しか知らない人です。誤解がないように願います)
 
 そういうのは、きっとどこか因果でつながっているんです。
 因果の法則です(←ここでは詳しく述べませんが、知らない人は調べる価値はあります)
 だから、私は私を批判する人間や、やっかむ人間への恨みは捨てました。
 私が恨まなくても、そういう人間は知らず知らず自身を陥れているのですから、復讐する必要すらないわけです。
 むしろ、最近では「気の毒になぁ。まわりを批判せずに、まわりを笑顔にすることを考えて生きれば、もっと幸せになれるかもしれないのに」なんて、図々しくも思います。
 そして、図々しいと思われたくないので(笑)、そんな偉そうなことは口にしません(こういうのは、周りが言ってもダメ。本人が気づかないと意味がないんです)

 そんなわけで、私は今、批判・中傷も気にすることなく(もちろんご指導・ご鞭撻は大歓迎)、自身を向上させるため楽しく生きております。
 
 けっこう、この悟りって賛否分かれると思うので、公表するのには勇気がいりました。
 「他人の批判も受け入れたほうがいい」というのも、もちろんひとつの意見です。
 この話をすると長くなるので、詳しくは書きませんが、私自身は飛躍につなげたほうがいいと思います。 
 なんで、そんなリスク背負って公表したかといえば、私と同じ境遇で、他人の批判を気にして心を病んでいる方がいる方の役に立てればと思ったからです。
 事実、私自身は上記の悟りで、かなり心が開放され、楽になりました。
 ものすごく、生きるのが楽になりました。
 
 すこしでも、みなさまの心が楽になる助けになれれば幸いです。
 
 最後に、ある歴史上の偉人の言葉
 「私は、一秒だって私を批判する人間に対し、気を病むような無駄な時間を使ったことはない。そんなことで気を病んで、健康を害するくらいなら、私はまわりにいる大切な人間をいかに笑顔にするかを考える
 
 その通り。
 
 
 

フォトリーディング

  最近、意外にもこのブログの読者層が広がっていることが判明し、顔ぐらいしか知らない人からブログの内容について問い合わせを受けたりする。
 「どこで知ったんですか?」
 なんて訊くと「お名前で検索しました」

 あ、なるほど。

 最近、合コンでも相手の名前を検索したりするそうですね。
 (私も、ためしに知人の名前で検索すると、大会の入賞など、結構WEBに載ってる個人情報って多いです)

 さて、その問い合わせの中でも一番多いのが「フォトリーディングってなんですか?」というもの。

 私が現在主に使っているツールは「手帳・マインドマップ・フォトリーディング」なんですが、このうち「手帳・マインドマップ」あたりまでなら、WEBで検索すれば大体の概要が分かるらしい。
 (ちなみに、私は興味ある方にはマインドマップの本をDVD付でお貸ししています。私の周りにもマインドマップ使用者が着々と増えております)
 しかし、フォトリーディングに関しては「ちょっと眉唾物なんですが」となるらしい。
 お気持ち、非常に分かります。
 私も、初めは懐疑的だったので(笑)

 でも、今ではその効果を疑いません。
 
 ただ、ひとつ言わせていただければ、フォトリーディングは「速読」ではありません。
 「効率よく情報を収集する技術」です。

 そうです。
 技術なのです。能力ではありません。
 技術だから、練習すれば誰でも習得できます。
 
 私自身、フォトリーディングは独学で勉強していたので、詳しく解説することは控えていました。
 ところが、勝間和代さんが、実際に11万円のセミナー代を払って、フォトリーディングセミナーに参加された時のブログを拝見し「あ、独学だったけど、私の考えはそれほど間違ってなかったんだ」と思ったので、ここで少しだけ解説します。(ほんとに、少しだけ 笑)

 まず「フォトリーディングとはなんぞや?」
 ですが、それは前出のとおり「効率よく情報を収集する技術」です。

 ここで、すごく大雑把にやり方を書くと

 ,修遼椶ら自分が得たい知識を明確にする。
 △修遼椶料管瑤離據璽犬髻■吋據璽牽寡辰らいのペース 
  で、ざっと目を通す。(文字を追わない)
 ※この際使われる、独特の読み方がフォトリーディングと
  呼ばれる。 
 、,婆棲里砲靴「自分が得たい知識」について書かれ 
  た箇所を拾い読み
する。
 ※この際、マインドマップを使うと、効率よく情報をまとめら
  れる。

 以上です。

 △如∩澗里鯑匹爐箸に視点をずらして全体を漠然と見る(マジカルアイをご存知の方なら、その要領です)「フォトフォーカス」という独特の読み方をすることから、フォトリーディングと呼ばれるのですが、これは「文字を追わないため」の配慮で、実際はフォトリーディングをしてなくても問題ないそうです。
 
 よく「拾い読みするだけなら、△離侫トリーディングいらないんじゃないんですか?」と聞かれるが、このフォトリーディングはデ・ジャヴ現象のように「あ、なんかこのページ見たことある」と思わせることで、脳の滑りを良くするためのものなので、行ったほうが効率が良いです。

 ちなみに、フォトリーディングには「マインドマップ」はもちろん「みかん集中法」など、様々な技術が応用されます。
 興味ある方は、ぜひ関連本の一冊ぐらい目を通してみてください。
 いきなり関連本を読むと「胡散臭い」と思うでしょうが、このブログを読んだあなたなら「あ、なるほど」と思うはずです。

 このブログを読んで、良かったですね(笑)
 

  

共存主義 〜ミラーニューロンに見る理想社会の実現性〜

 よく私がこのブログで「資本主義はもう崩壊していて、新しい社会が台頭するなんて書いてると「で、それって何なの?」と訊かれることがたまにあります。

 いま、ほとんどの先進国が資本主義になってきていて、それに次ぐのが共産主義だと思うんですけど、考えてみればここ数年は資本主義と共産主義の戦いだったような気がします。
 そして、軍配が(見かけ上は)資本主義にあがったと。

 いまどき共産主義の素晴らしさを唱えたところで「じゃあ、なんでソ連は崩壊したんだ」なんてツッコミ受けまくりなんですけど、私は共産主義は共産主義で素晴らしいところはあると思っています。
 ただですね、共産主義ってのはもともと「平等のもとの共存共栄」を理想にあげていたんですけどね、現実的には「平等のもとの国家依存」になってしまったからうまくいかなかった国がほとんどだったんだと思うんです。(※このへんは、あくまで私の個人的見解です)

 では、資本主義はというと、現状は「競争主義」って感じですね。
 でも、これ以上競争すると、地球は破綻するんですね。

 「じゃあ、どうするのよ!」
 ってところで出てくるのが「共存主義」だと思うんです。(※しつこいようですが、今回の記事はあくまで私の個人的見解です。経済学者が言っていたことではないので、真に受けないようにしてください)
 この共存主義というのは、人類だけを指すのではなく、全ての生物、そして地球そのもの(環境)をさします。
 そうならなければ地球は破滅なわけで、これは必然ともいえます。

 この共存主義。
 じつは高いモラルが要求されます。
 共産主義の崩壊には、ひとつには国民のモラルハザードだあったわけです。
 でも、それは仕方ないというか、人というのは易きに流れるものだから「がんばっても、がんばらなくても一緒なら、がんばらない」っていうのは、十分理解できる話です。
 だから、この共存主義も「そんな生温いこと言ってられない! 俺は成功したいんだ! だから、俺は他人を出し抜いてでも勝ち抜く!」っていう考えが多数をしめると崩壊します。 
 でも、競争してでも成功したいというのは人間の性でもあります。

 では、この共存主義は机上の空論でしょうか?

 いえいえ、私は案外実現の可能性は高いと考えています。

 というのも、すでに世界経済は「共存主義」の片鱗を見せつつあるからです。
 みなさまご承知のとおり、今の世界経済は一国だけがひとり勝ちなんていうことはありえなくなっています。
 どこかの国が破綻すれば(とくに先進国)、それは世界中に飛び火します。
 これは、サブプライムローンから端を発した今回の世界大不況で重々承知だと思います。
 なので、世界のトップは自国だけの独り勝ちだけを考えるのではなく、他国との共存を考え始めています。(残念ながら、現状は「先進国同士の共存」であり、その他の国はないがしろにされてますが)
 なんにせよ、世界中が「自分さえよければ良し」では通用しなくなっていることに気づいています。
 共存することが、結局は自分が繁栄することだと気づき始めています。

 最近、脳の構造が次々と解明され、そのなかでも「ミラーニューロン」というものに注目が集まっています。
 これは、他人のことを自分のことのように考えることが出来る能力のことなのですが、ただの共感とは少し違います。
 このミラーニューロンは相手の考えすらもテレパシーのように感じ取ってしまうといわれています。
 だから「なんか、この人苦手」と思うと、それは相手にも伝わっており、相手も「この人苦手だわ」と感じるというのです。
 だから、女性が苦手な人は、女性にモテることがないのかもしれません(笑)
 モテないから苦手なのではなく、苦手だからモテないのですね。
 う〜ん、深い!

 さて、私はこのブログで「本当の幸せとは、誰かを幸せにすることではないか」という考えに行きつき、「社会に貢献する人間になること」に目覚めたと書きました。
 これもミラーニューロンで証明されていて、他人が幸せな気分になれば、自分もすごく幸せな気分になるのだそうです(しかもそれは、自分だけで完結する幸せの倍以上の幸福感をもたらすらしい)
 そうなると、やはり「誰かを喜ばせることが、極上の幸せ(快楽)」ということになり、快楽主義の私が社会貢献に目覚めるのは非常に理にかなっていると言えます。
 
 ここがポイントだと思います。
 今、多くの人々が「誰かを喜ばせることこそが、本当の幸せだ」と気づき始めています。 
 それは、他人を蹴落として成功することよりも幸せなことなのです。 
 そうなれば、人間はもともと自分が心地よいと思うほうへ流れる生き物なので、何の無理も努力も必要なく「共存主義者」へとなりうるのです。

 以上が、私が勝手に考えた「共存主義の実現性への可能性」です。
 「これ、どこの経済学者が言ったの?」なんて訊かないで下さい。
 すべて、私の妄想です。
 でも、この妄想、それほど現実味のない話でもないと思っているのですが、いかがでしょうか?




 P・S
 私がこのブログをはじめた理由は、ひとつはこの共存主義をひとりでも多くの人に知ってもらい、考えてほしいと思ったからでした。
 考えてみれば、ここ1年くらい、私のブログのテーマはこの共存主義だったのだと思います。
 そして、そのことを書き上げたことで、ひと段落したものと考えております。
 私自身の執筆活動も最近は多忙を極めてきた(もちろん公募、仕事ではありません 笑)ので、ブログの更新も滞るかと思います。
 それでも、これで私的にはこのブログにひとつのケジメをつけたつもりです。
 物語で言えば、エピローグだと思います。
 やはり、私は「対価が得られなければプロではない」と考えております。
 だからいくら私が作家気取りでブログ書いても、所詮は戯言です。
 これからは、対価が得れる文章を書き続けたいと考えております。
 
 また、筆を休めたいとき、気分が乗ったときにはこのブログに戻ってまいります。
 案外、すぐ戻ってくるかもしれません(笑)


小間使いをちゃんとこなしてこそ一人前

 これはですね、新社会人の方に一番言いたいことだし、そして、なにより私自身も目指すところなのですが「小間使いをちゃんとこなしてこそ一人前」

 実は、先日読んだ「竹中式マトリクス」で一番感銘を受けたところは「財務官僚のメモ力」のくだりでした。
 財務官僚といえば官僚の中でもエリート中のエリートなのですが、彼らは新人の頃徹底して小間使いを叩き込まれるのだそうです。
 「(小間使いの)完璧な段取りは、もれなく抜けのない情報が完璧に管理されていない限り、実現できない」のだというのです。
 そこで彼らは、関わる情報を些細なことまでメモを取っているのだそうです。
 (驚いたことに、特定の個人の考え方の癖までメモしている)
 私はこれを読んで、ますます「自分は小間使いさえも軽んぜず、こなせる人間になろう」と固く決心したのでした。
 
 しかし、今日、その小間使いにおいて私が失態をしていたことが判明し、お世話になっている方に非常に迷惑をかけてしまいました。
 もう、猛省です。 
 その後、みなは二次会に行ったのですが、私自身は「明日も仕事が早いから」と途中で帰ってきたのでした。
 そりゃ、決意して二日後ですからね、たとえその失態が決意する前の出来事だとしても自己嫌悪に陥るわけです。
 正直、その場にいたたまれなくて、もう逃げ帰った感じです。
 ほんとうに、申し訳ない。

 でもですね、私はそれでも今回のことは「自分にとっては良い事だった」と思うのです。
 これは、ある意味神様からの非常に大切なメッセージです。
 これは、偶然ではないのです。

 たとえば、こういうことがよくあります。
 世の中には、ポジティブ思考の本が数多く出てますね。
 もう、ほとんどの分野において「ポジティブであること」が大切であることは自明の理なわけです。 
 しかし、なぜポジティブ思考にまつわる本が次々と出版されるのでしょう?
 
 それは、ほんとうの意味でポジティブ思考な方が、世の中にはほとんどいないからです。
 本読んで、その気になっても、だいたいひと月も持たずにその人はポジティブ思考ではなくなります。
 はじめは、ポジティブ思考でいろんなことがうまくいっていても、あるとき手痛い失敗をし「ポジティブ思考でも、だめなときはだめだ」と、ポジティブ思考をやめるわけです。
 もしくは、どうにも落ち込んで、ポジティブな気持ちになれなかったりするわけです。

 でも、そういうときほどポジティブにならなければなりません。
 それは、試練なのです。
 楽しいとき、ポジティブなのは当たり前。
 苦しいとき、つらいときほどポジティブでなければ、それは所詮メッキのポジティブ思考なのです。
 さて、たぶん私とある時期に深く関わった方はよくご存知でしょうが、私は私なりにどん底をみています。
 「お前のどん底が、どれほどのものだ」
 という方には、そうですね、そう思っていただいてかまいません。
 ただ、私のある時期を深く知っている人は、私がここで言っているどん底を理解していただけると思います。
 私は、決してこのことを今関わっている人に話したりはしませんが(というか、ほとんど忘れました 笑)、そのどん底でも「しあわせだ」と思えたから、私のポジティブ思考は生半可なものではないのです。 
 だから、自分のポジティブさに自信があります。

 だからもし、この文章を読んでる人で「ふざけんな! お前なんかより、俺のほうがよっぽどどん底だ!」という人は、私よりラッキーな人だといえます。
 なぜなら、その底で「俺は幸せだ」と思えたら、その人は私以上のポジティブ思考の持ち主になる可能性が大だからです。(そして、ポジティブ思考の人は、最後には成功します。これは脳科学でも、証明されています)
 ちなみに、バック・トゥ・ザ・フューチャーで有名になったマイケル・J・フォックスは難病のパーキンソン病の闘病生活を自伝として出版しました。
 その題名が「ラッキー・マン」
 自分のことを「ツイてる男」と語っているのです。
 これこそが、ほんとのポジティブ思考だと思います。

 私は、常にこのブログで人生は楽しいと語っているし、日々楽しく幸せに生きていると書いています。
 それは、確かにそのとおりで、最近では「俺、ほんとツイてるな」と独り言ごとを言うほどです。
 でも、もちろん日常生活の中には、人並みの苦労も、苦しみもあるのだと思います。
 
 ただ、それを苦しみと自覚してない(あるいは自覚しようとしない)のです。
 苦しみがあれば「これは自分が進むべき正しい道を、示してくれているのだ」と思う。
 苦しいのは、それはやり方が間違っているのかもしれない。
 だったら、新しいやり方を学んで探せばいい。
 その苦しみを超えたら、また自分が大きく成長できる証なのだ。
 だとしたら、苦しみすらも「ありがたい」
 
 これ、キレイ事だと思います?
 でも、そう思う人は、私がいくら言ってもそう思うだろうから、それでいいと思います。
 でも、私はキレイ事ではなく本気でそう思っています。
 本気でそう思えないと、本物のポジティブ思考ではないんです。
 
 普段の私をよく知る人はご存知と思いますが、私は自分から「俺、幸せよ」なんて吹聴して回りません。
 基本的には、黙ってます。
 あとは、バカなこと言ってます(笑)
 それでいいんです。
 やっかみを受けるだけだから。

 でもね、たとえば私を知らない人がこのブログを読んで「なんだコイツ、幸せそうに生きてるな」なんてやっかむ必要もないんですね。 
 たぶん、私も人並みにはつらい思いもしてると思うので。
 たとえば、今の私の人生をそのまま誰かと入れ替わったとして、私と同じように「俺、幸せだな」と思えるかといえば、それは違うと思うんです。
 だから、もし幸せになりたいなら、やっかむのではなく「今の自分の人生を、どうとらえたら幸せと思えるだろうか」と考えたほうがいいんです。 
 「幸せ」と思えるのは、ある意味能力であるので、財力とか、地位とかは関係ないです。(事実、お金や地位があっても幸せじゃない人が多くいることを、あなたは知っているはずです)
 だから、幸せになりたいと思ったら、幸せになる能力を磨けばいいんです。
 ちなみに、人をやっかむことは、幸せになる能力をもっとも失わせる最悪な感情なので、絶対やめたほうがいいです。
 人をやっかんで、幸せになった人を、私は知りません。
 あと、何度もこのブログで言ってますが、人の批判もいけません。(幸せになりたくないなら、いくらでも批判してください)
 そして、自分にも他人にも優しくなければなりません。普通なら怒るとこでも「いいよ」と許すべきです。
 ただ、残念ながら世の中の人は、それを甘えととらえます。
 だから、あなたがいくら人に優しくしても、他人はあなたの失態を許さないかもしれません。
 そのときは、素直に謝りましょう。
 その批判の中にも、あなたを成長させてくれる種はあります。
 私も、ほとんど他人に対して怒ることはありませんが、他人から怒られることはよくあります。
 でも、素直に謝ります。
 謝っても、怒られるときもあります(笑)
 それでも、私は他人を怒ったりしません。
 常に、他人に寛大であり、許す側の人間でありたいと思っています。

 さて、要は今回のことで、私はまた貴重なことを学んだわけです。
 「小間使いを完璧にこなそう!」と決意したところでの、この失態!
 神様が「さぁ、ほらもっと学んで!」と教えてくれているのです。
 ありがたいです。
 自己嫌悪に陥りながらも、これはきっと自分に欠けていたものを神様が教えてくれたんだと感謝しています。
 また、自分を見直すきっかけが生まれました。
 非常に感謝です。
 ただ、私以外の人に迷惑をかけたことは、ほんとうに申し訳ないです。
 成長します。
 

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